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今月のエッセイ

『鉄道』大西將美


 昨年の9月、東京都交通局・都電荒川線の9002号車のポスター用イラストの依頼があった。
締切日・仕事の内容・取材・自分の体力など考慮し引き受けることになり、多少の紆余曲折を
経て無事完成して都営線の駅や車内にポスターが貼られた。

 動力機関の乗り物は数多く描いてきたが、鉄道車両の仕事は初めてになるので、この仕事をき
っかけに改めて本棚の片隅にある鉄道関係の資料を、特に戦後の日本の鉄道の本を読み写真を
眺めてみた。
手元にある写真を見ると戦争で被災した車両からはじまり、被災車両を再生利用した戦災復旧
車は見た覚えはあるが、これらの車両はいつまで使用されていたのだろうか・・・。

 幼少期、家の都合で何度か転居したが、引っ越し先へいく鉄道の旅はよく憶えている。
速度が上がると共振した客車は客車鋼体化以前のオハ形木造車だったのか。
暗い照明の下、網棚の上や床の上に新聞紙を敷いて寝る人々の黒い影と共に、あの夜汽車の記
憶はありありと思い出すことができる。

そののち住んだ東海道沿線ではオレンジと緑の湘南電車クハ86形や、アイボリーホワイトとブ
ルーの横須賀線クハ76形などは、これまでの国鉄の濃いブラウンの車両から打って変わって鮮
やかな色合いであった。
早くから電化された東海道線では、この頃から蒸気機関車に乗る機会は少なくなったこともあ
り電気機関車に興味を持ちはじめた。中でも運転席前後にデッキがあるEF58形はスマートで今
でも好きな機関車だ。

しかしはるか以前に小学校の低学年のある日、偶然に目にした流線型の電気機関車は当時の私
には衝撃であり、一度しか見ることができなかった幻の機関車があった。
のちにその車両はEF55形であり、戦前に製作され戦火を潜り抜けた機関車だと分かった。
それから65年経た昨年に、大宮の鉄道博物館で愛称がムーミンと云われるこの車両に再会した。