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今月のエッセイ

『道端の自然』福田理代



理科美ニュースに掲載するエッセイという事で、どのような事を書けば良いのか大変悩んでおります。
小さい頃から身近な自然の中で遊んできておりましたがそれが「理科」につながるかどうか…テーマと して合うのかどうかわかりませんが、書かせていただこうと思います。

今の子供達は遊びの選択肢が沢山ありすぎて自然の中で遊ぶ事か減ってきたと耳にします。
「キャンプに行って自然の中で過ごそう」なんて、そこまでしないと自然には触れ合えないのでしょうか。

私は幼い頃からとにかく地味な遊びが好きで、イヌタデの種を指先で擦っては種を包んでいる皮をフッと吹き飛ばし、 黒く艶やかな種だけになるまで延々繰り返し自宅の周りに蒔いてみたり(迷惑な子供ですね)、ヨモギの枯れ葉を 集めては手で揉み白い繊維状のモグサを延々作っていたり、ドングリをコンクリートやブロック塀で三分の二程度 の大きさまで擦り楊枝を挿してコマを作ったり、カタバミの種を弾けさせたり、何か目的があるわけでも無くただ 延々ムカゴをアスファルトやコンクリートで擦り下ろしていたり…
とにかく身の回りを見ればコツコツと遊べる物が沢山ありました。

そんな遊びばかりしていた私も子を持つようになりました。
今は家の中に遊ぶ物が溢れ、機械音痴の親では使いこなせない様なゲーム機が選び放題の中、私が息子に教えた遊びは 「カタバミの種を飛ばす」「モグサを作る」…。
これが思いの外息子にハマりまして、散歩に出ると「いいヨモギがあった!」と嬉しそうに摘み取り親子で並んで揉んでは 不純物をフッと吹き飛ばし揉んでは不純物をフッと吹き飛ばし…道端にしゃがみこんでは種がよく弾けそうなカタバミの実 を見繕って親子で「これママが飛ばしちゃうもんねー!」「ズルイ!それ僕がやる!」なんて取り合いをしたり。
義理の母に「お散歩に行くと道端にしゃがみこんで先に進めない。日なたで待ってるの大変なの。」なんて言われることも…

そんな我が子が私が教えたわけでも無いのに夢中になった事、それはガマの穂を集める事。
実は田舎で育ちながらもガマの穂で遊ぶ事がなかった私はガマの穂がどうなるのか知らなかったのです。
息子がとって来たガマの穂を居間の片隅に瓶に挿して置いておいたある日、一箇所が膨らんで綿が出ている。
そっとゴミ袋に入れて綿が出てる部分をつまんでみたらモリモリと吹き出る綿毛。
それまでは変わった形の植物として好きだったガマの穂の思わぬ一面を見て大興奮の息子。
あの量の綿毛が飛んだら近所に迷惑がかかるのでなるべく家には持ち帰らない、人のいる所では爆発させないなど、なんとか守らせていました。



キャンプに行ったり、川で遊んでザリガニを捕まえたりするのは準備が必要です。
もっと手軽に買い物ついでに散歩に行って息子と公園でお花でも見たいというくらいの私の様な主婦には少しハードルが高いかもしれません。
本格的な自然との触れ合いも大切ですがもっと手軽に出来る事もあります。
散歩をしながら「カマキリがいるね」「女郎蜘蛛って一箇所にたくさんいる事があるんだね」「ここにとまっている蝶は空になったサナギが近くにあるね」 「髭もじゃのアブがいるね」と目に付いた自然を声に出して会話したり、道端のカタバミの種を飛ばしたり、モグサを作ったりする程度でも子供の自然に対 する興味を引き出してあげる事は出来ると思います。
現に息子は自らガマの穂という夢中になれる物を見つけてそこからガマの穂について調べ、一時期は植物に詳しくなったりもしていました。

息子は大きくなってしまい、一緒に散歩をして自然について会話する機会も無くなってしまいましたが、これからも準備をして何処かに行かなくては出来な い自然観察ではなく身近な道端、見上げた空、植木にとまっている昆虫からも小さな自然を感じながら生活して、そこから製作のヒントを得たり作家活動に も繋げて行きたいと思います。