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今月のエッセイ

『圖鑑(図鑑)の名付け親は牧野富太郎博士だった』松原巌樹



 僕の書棚の一角に、革の背表紙が今にもぽろぽろと剥げ落ちそうな古書が何冊か並んでいる。
上の棚にあるのは「牧野日本植物圖鑑」(初版昭和15年)、「日本動物圖鑑」(初版22年)、「日 本昆虫圖鑑(初版昭和25年)、「日本幼虫図鑑」(初版昭和34年)で、すべて北隆館の圖鑑である。
そして下の段には三省堂などの古書が並んでいる。



いずれも若き頃神田神保町界隈の古本屋巡りで仕入れたものだ。
例えば分厚いものをいくつか選んでその奥付に書かれた刊行年月を順にそろえてみよう。

① 「圖解植物名鑑」
  理学博士山内繁雄 校訂
  大正13年12月刊・郁文社

② 「日本千蟲圖解 全7 巻」の内のVol. Ⅱ
    理学・農学博士松村松年著
  昭和5年10月刊 刀江書院

③ 「原色千種 昆虫圖譜」
  平山修次郎著
  昭和8 年8月刊 株式会社三省堂

④ 「続日本植物圖譜」昭和13年
  寺崎留吉
  「正編」昭和8年刊 日本植物画譜刊行会

⑤ 「日本魚類圖
  岡田弥一郎・内田恵太郎・松原喜代松著
  昭和10年9月刊 株式会社三省堂

⑥ 「日本蟹類圖説」
  酒井恒著
  昭和10年12月刊 株式会社三省堂

⑦ 「牧野日本植物圖鑑」
    昭和28 年版(初版昭和15年)北隆館
  大正14年に「日本植物図鑑を著わしたが自分としては不満足だった」と序文に書かれている。

 ここで気づいたのは、牧野圖鑑以外のものには、圖鑑表記のものが無いことで、何十年か以 前の話で恐縮だが、版元の北隆館の社長である福田喜三郎氏に尋ねたことがある。
すると「うん。あれは家の親父(良太郎社長)と牧野先生で相談の結果作り出したものだと聞いている」との 答えだった。
 喜三郎氏は創業者の孫で4 代目の社長になる。三代目社長の元次郎氏は実兄で二代目の良太 郎社長が出版業に情熱を注いた人であり、僕が北隆館に入社したときの社長であった。
 当時の北隆館は日販、東販、栗田書店と共に四大取次店(大取次ともいわれる)といわれ、 かなりの財を成した人らしい。そういうことに無知な僕だが、さすがに入社した当時京橋の槙 町に威風堂々の石造りの社屋があり、銀座に映画館(銀座シネマだったかな?)を構えている ことを知って、なるほど長年月を費してあんな立派な圖鑑を作る事ができるんだなー、と感心 した覚えがある。
編集部に配属されて見習いが始まった。
お使い仕事の一つに、自宅が牧野邸に近かったこともあって、著書の増刷のたびに先生のお宅に伺い、 玄関先で次女の鶴代さんの手伝いをして検印証紙にハンコを頂くという、貴重な経験もした。
 北隆館には大変世話になり、長い間可愛がっても頂いたので、さまざまな思い出があるが、 それには触れず、今回は巷にあふれる「図鑑」の命名のいわれのみを披露した。