今月のエッセイ
『放射能汚染が動植物に与える深刻な影響』浅井粂男

<自然を描くことを生業とする美術家として、今できること>
6月24日、常磐自動車道の常磐富岡ICから、国道6号線へ降りる。
先程の常磐道の線量表示板では、4,6マイクロシーベルトを指していた。
帰還困難区域を浪江町方向へ、6号線を走る。
工事用車両以外一般車はほとんど見られない閑散とした真昼の国道、
道路わきの家々は蔦が絡まる廃屋、大きな食堂やスーパーは、窓ガラスは割れ、人気はない。
交差点の信号は動いているが、脇道は閉鎖され、白いマスクの警備員が監視していて国道以外は走れない。
田畑は雑草で覆い隠されているか、汚染土取り除き、掘り返された更地にフレコンバッグという汚染土を詰めた黒い袋が延々と並ぶ。
軽トラや乗用車が庭先や道路わきに草をかぶって放置されている。
まさに白昼のゴーストタウン。
帰還困難区域ぎりぎりの浪江町駅付近は生活の気配はあるが人かげはなかった。
この地域は3月31日、避難指示は解除された。
しかしこんな状態では、不十分なインフラ、人がいない、仕事がない、作物は作れない。
住民が安心して帰還できる状態にはなっていない。
あの原発事故は、この地域一帯を一瞬にして、死の大地にしてしまったことを実感する。
8月4日、放射能汚染の実態を追っている映画監督の岩崎雅典さんの映画「福島 生きものの記録 シリーズ5~追跡~」を観る。
記録映画では動植物の様々な分野の研究者が報告する。
海洋調査では餌となるイワフジツボの減少からイボニシが絶滅している(大熊町で5年を経て今回初めて1個体確認、近接地から磯づたいに戻って来た)。
福島第一原発沖の海水調査では、海底の木くず、プランクトンやアイナメ、ヒラメの肝臓からストロンチュウム90確認。
浪江町大堀で採集した野ネズミやサルのふんからはセシュウム137、134が検出された。
見えない放射能を可視化してみると眼、脳、背骨に放射能がに集中していることがわかる。
富岡町で採集したヤマガラ、シジュウカラからは高い線量と白血球の著しい減少が確認された。
飯館村では放置された自然環境の中でニホンザルが出産ラッシュとなっているが、その中で放射能の影響とみられる小頭症が確認されている。
ショックだったのはモリアオガエルの卵がすべて腐ってしまい、この地域では絶滅の危機にあるという。
植物ではイヌコリヤナギは芽がなく茎は曲がって異常に枝分かれし先端は奇形化している。
モミの木は芽が二股になり生長点は破壊されている、ツルアジサイには葉と実に異常が見られた。
ほとんど除染の手が付けられていない70%をしめる被ばくした森林からは、川を経てたえず汚染物質は供給されている。
森の木の葉の層(リター層)に降り積もったセシュウムはやがて溶解して0~5ミリの粘土層に定着する。
それが長い時間かけて下流の田畑に流れていく。
耕作地だけをいくら除染してもそこは再び汚染度となり、解決にはならない。
森のイノシシ、シカ、アカネズミ、ノウサギ、アカガエルが被ばくし、その子供に異常が引き継がれる。
こんな環境の中で住民が帰還してもいつかは、野生化した生きものから人へ、親から子へと悪影響が引き継がれる。
エピジェネティクス(細胞が遺伝子だけの性質に規定されることなく、後天的に決定される遺伝的な仕組みのこと)という遺伝子の新しい考え方があるが、
こんな異常な自然環境の中では、単に親のDNAに傷がつくだけにおわらず、遺伝子の異常が子に影響を及ぼす恐ろしい結果がいつどこで現れるかわからない。
森にすむ動植物は絶えず健康被害にさらされている。
日々風や雨で放射性物質は人里に運ばれてくる。
この地域の約70%を占める森が問題であるとわかった。
政治、経済を優先させて、この課題に目をそらしていては、未来に大きな禍根をのこす。
映画上映後のトークショーで「自然に対して、良いと思うことは、やらないよりはやったほうがいい」NPO法人いわき放射能市民測定室たらちね事務局長鈴木薫さん
のことばが印象に残る。
自然を愛し、自然を観察記録して絵を描くことを生業とする私として、この現実に目をそらせ、放射能汚染の影響も感じられない遠く離れた場所に住み、
可愛い動物、美しい花々を見つめ、好きな絵を描いているだけでよいとは思えない。
「良いと思うことは、やらないよりはやった方がいい。」人間のエゴでねじ曲げられ、狂ってしまった自然、この人間の愚かな過ちを二度と繰り返さないためにも、
根こそぎしっかりと描き止めておくことが私たちの使命ではなかろうか。