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今月のエッセイ

2011.9.1 『下町の動物事情(昭和編)』たぐちとしかず


   

                       

私は少年期を70年代の東京・下町で過ごしました。
物心がつく頃には住宅に隣接するほとんどの部分がアスファルトで舗装され、道路はもちろんの事、
学校の校庭さえもアスファルトで固められていました。
自然の樹木はあまりなく、その反動からか鉢植えや街路樹周りのわずかな土で植物を育てる人が多くいました。
建物や住む人は変わったものの、今見られる風景の原型はこの頃すでに出来上がっていたと思います。

そんな環境だったので図鑑の口絵に載っているようなカブトムシ、クワガタといったスター性の高い昆虫が生息
している場所もなく、これらの生き物との出会いの場は専らペット屋(小鳥屋、金魚屋)でした。
最近ではあまり見かけなくなりましたが、当時は子供相手のこの手の店がたくさんあり、所せましと並べられた
水槽にはザリガニ、イモリ、オタマジャクシなどが入れられ、お小遣い程度の値段で売られていました。
あまりお金を持たない私などは水族館感覚でペット屋を“はしご”したものです。

その頃、私の通う小学校には「三角池」の噂というものがありました。
私鉄の線路に囲まれた三角地帯に池があり、ゲンゴロウやヤゴが生息しているというものです。
結論から言えば「三角池」とは雨が降った後にできる水たまりで、2~3日晴れの日が続くと消えてしまう幻の池
なのです。水棲の動物がすめるような代物ではありません。
その場所に行くには電車の往来が激しい線路内に立ち入らなくてはならず、大変に危険なため大人からは絶対に
行ってはいけない場所とされていました。
当時、電車に乗って三角池にさしかかると、捕虫網を持った子供をよくみかけたものです。シャツや両手で顔を
覆い隠した姿は微笑ましくもあり、物悲しくもありました。
バレたら叱られる事がわかりつつ幻の三角池を目指す彼らを突き動かしていたのは自然に対する憧憬だったと思
います。

さて、ここまで書くと「動物も住めないひどい環境」のように感じるかもしれませんがそんな事はありません。
実際には動物たちはもっとたくましく、したたかです。都市部の環境に順応している動物は数多くいます。
あまり飼育の対象にはなりませんが、植木鉢の下にはダンゴムシやハサミムシ、エンマコオロギなどがいますし、
アスファルトの校庭にはゴミ虫類やコメツキ虫などが歩いています。
夏にはオオスカシバやイチモンジセセリが、秋にはアキアカネがどこからともなくやって来ます。
先頃都内で絶滅危惧種に指定されたヤモリだってまだまだいるようです。

写真は東京スカイツリーの足下を流れる北十間川です。2年ほど前、スカイツリーの工事が本格化しだした頃に撮
ったものです。
今では観光客の増加でにぎわっているため姿を隠してしまいましたが、白鷺やアカミミガメが普通に生息していま
した。
彼らは川を下ったか、上流を目指したか…いずれにしろこの川の近辺に暮らしている事でしょう。
そして喧噪に慣れた頃にまた戻ってくるに違いありません。
彼らは私たちが思っている以上にたくましく、したたかなのですから。