理科美トップ > 今月のエッセイ

今月のエッセイ

『ヤブキリ』松本晶




ヤブキリ




「ヤブキリ」は森に住む大型キリギリス。
幼虫の時期は明るい草地にたくさん群れているから、いわゆる本当の「キリギリス」と一緒にいる場合はよく両者は混同される。
ただ、ヤブキリの方が1ヶ月くらい早く孵化して(4月初旬)体も大きいし、触覚の長さもずっと長い。
なんと言っても、背中の正中線がヤブキリは茶色1本だがキリギリスは黒ぽいのが2本、よく見れば見間違うことはない。
成長するに従って、だんだんと藪や森の中に移動し、成虫になると主に樹上など高所で獲物を探し回る。

草地のキリギリスの方が有名だし(童話にしばしば登場)、夏の陽の下で人目をはばかることなく力強くチョンギース!と鳴く姿は観察しやすいから、万人にウケる。 そんなメジャーなキリギリスに比べて、陽陰を好み鳴き声もジキジキジキ・・・単調なヤブキリは、どこか陰湿なイメージを持たれてしまう。
しかし、キリギリスより頭部や目が小さく触覚や羽が長いヤブキリは、森の中を素早く動いて忍び寄る孤独なハンターさながら。
ちょっと渋めの生態と姿形に、大人になってから魅力を感じ始めたのもうなづけるというもの。

不完全変態の彼らを眺めるたびに、遠い遠い過去の地球に想いを馳せるのは私だけでは無いだろう。
遙かな太古、石炭紀の大森林に、今とさほど変わらない姿で濃い酸素を充分に取り入れながら活動していたであろう見事な節足動物たちの世界に。
現代の森に住むヤブキリの、洗練されたプロポーションと生きざまに、究極の美を感じても不思議では無い。
その小さなつぶらな目の奥に、冷たい残虐性と不条理性を隠し持ち、ここまで生きてきた者の正当性と強さを証明しているように見える。

毎年ヤブキリを1匹カゴに入れて一夏を楽しませてもらっているが、餌や水を交換する際に手を差し込んでも、成虫になったヤブキリは実に堂々と構えている。
「今年も宜しくお願いします、先輩!」



ヤブキリ幼虫 キリギリス幼虫