Essay

2019.5.1

『我が家の小さな動物園』原田篤

実を言うとこの5月に個展を控え、その制作に追われている。
時間が許す限りただひたすら描く毎日で、今は少しでも時間が欲しいというのが本音である。
物心ついたときから絵を描くのが好きで、特に動物の絵ばかりを描いていたが、気がつくと今でも こうして動物を描いているのだから我ながら少し感心したりもする。
どれだけ描けるようになったかと問われると甚だ心許ないが、それでも「好きこそものの上手なれ」 とはよく言ったもので、少なくとも「好きこそすべて」とは間違いなく言えるのではないかと思う。
今回展示する作品は約50点と結構多い。
負担も大きいが、展示会直前になって一番怖いのが、出来るはずの作品が出来なかった・・・とか、 描いてみたら元々のイメージと全然違った・・・というやつである。
そのため、予定しているほとんどの作品に早めに手を付けておくべし、を心がけ実践してきた。
つまり同時に数点、多いと きで10点から15点近くを同時に進めてきた。
油彩の場合、絵の具が乾くのに時間がかかるため数点を同時に描くというのは珍しくないが、それでも 15点前後は多いと思う。
ただ、作品はそれぞれ大きさも手の込みようも違うので、進捗状況も完成する順番もバラバラ。
早くから描き始めていた作品が、あれこれやっているうちに出口のないトンネルに迷い込み、 後から描きだした作品があっという間に追い越して先に完成、なんてことはよくあることである。
そんなこんなで日々一喜一憂しながら、それでも何とか1点1点と出来てくる。
すると私の小さなアトリエ(と言えば聞こえはいいが、実際は狭くて散らかったただの作業部屋である) が生き物たちに覆われてくる。
まるで小さな動物園のようになってくるのである。
そして毎日幾度となく、その狭く汚い作業部屋の小さな動物園の中にひとりぽつりと座って、彼らを眺め、 対話をする。
そうしているうちになぜか本当に癒やされ、煮詰まってあきらめかけている作品にもう少し手を入れてみ ようかという気もなってくる。
私にはちょっとした瞑想の場所であり時間なのかもしれない(作品に囲まれていると少しは安心するとい うのもあるのだろうが…)。
いずれにしても、私には本当に大切な、こころ休ませてくれる、そしてチカラをくれる「小さな動物園」なのである。

ただ、この空間に癒されてばかりもいられない。
敬愛するスペインの写実画家アントニオ・ロペス氏がかつてこんなことを言われている。
「アーティストにとって、快適すぎる感情は、無意識の不誠実さにつながる。
なぜなら、アートは人生から生まれ、人生は謎で、変化し続けているからだ…」と。
なぜ自分は生き物を描くのか?彼らを描くことは、私の日々の生活、人生と一体どう結びつくべきなのか? これからもそれは悩み続けなければならない。
その意味では、今回ひとつ自分には思い入れのある作品ができた。
陽が沈んだ頃の白木蓮を描いたものだ。
今年の春は私には久々に特別なものだった。
3月上旬、娘の卒園と入学を控え、忘れかけていた「不安と期待」という子供の頃の春の感覚を思い出していた。
日が伸びたなぁと感じながら、夕方娘を迎えに行く途中でいくつも見かける白木蓮の花と暮れる空の色。
そんな懐かしい春の感覚をすべて表しているように思えた。
すぐに描こうと思ったが描きだしてみると想像以上に難しい。
白木蓮の花びら一つとっても何色なのか良く分からない…。
英語のtwilightとはよく言ったものだ。
結局、淡い水色系とピンク系のまさに2つの色に収束されていき落ち着いた。
それは同時に不安と期待の色だなとも思えた。

最後に個人的な宣伝になって恐縮ですが、その個展のご案内です。
ご興味のある方、ぜひ観にいらしてください。

原田 篤 絵画展 ―イノチノイロカタチ―
丸善・丸の内本店 4F ギャラリーA
5/22(水)~28(火)
9:00 ~ 21:00(最終日は16:00閉場)

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